抽象的な話

私は、一般的に武術の『型(形)カタ』と呼ばれるものには、少なくても2種類あると思っています。

【原因の型】と【結果の型】です。

 

【原因の型】とは、

その型を練習することによって、身体が根本的に変化し、結果的に特殊な感覚を身につけられる、

『達人の身体(感覚)を得るための型』です。

 

【結果の型】とは、

達人の動きの特徴を模したもので、

その型を実演してみて特に違和感を覚えないならば、実演者の身体は達人の域にあると推測できる、

『答え合わせのための型』です。

 

【原因の型】と【結果の型】は、目的が異なりますから、実践の仕方も異なります。

【原因の型】は身体を変えるための型ですから、自分の元々の身体を厳密に型の中に落とし込まなくてはいけません。さらに、反復練習も必要です。

【結果の型】は身体が変わったことを確かめるための型ですから、自分の自然な動きが達人と同じ特徴を備えているかどうかが重要であり、動きの順番などに厳密に拘る必要はありません。

 

また、それぞれ注意点があります。

【原因の型】は、練習を積むと特定の身体感覚を得ることが出来ますが、その目的を理解していなければ、非合理的(非実戦的)であるという短絡的な誤解を生みます。

【結果の型】は、能力を測る目安ですから、型そのものを厳格に反復練習しても意味がありません。下手をすると、特殊な身体操作を抜きにして表面的な動作の正確さのみを追求することになりかねません。

 

また、【原因の型】【結果の型】いずれにしても、小手先のテクニックの修得が目的ではありません。

この点を理解していないと、非合理的(非実戦的)であるという理由によって『型の改変』が行われる場合があります。

こうなってしまうと、型は本来の効能(?)を失い本当に意味の無いものになってしまいます。特に【原因の型】の場合は致命的です。

 

 

人間が緊急事態に瀕したとき、まず『胆力/たんりょく』(腹がすわった感覚)が無ければ、多くの場合は適切な行動をとることは出来ません。

緊急時には生理的に分泌されるホルモンの作用によって身体的・精神的に臨戦態勢になると言われますが、

しかし、それは万人に共通のはずなのに、実際は体が委縮し力が出せなかったり、浮足立ってしまって逃げる事すら出来ない場合があります。

そこに持ってきて小手先のテクニックなど全く役に立たないでしょう。

 

例えば格闘技の競技者ならば、

限定的な状況下とはいえ、試合等の経験を積むことだけでも、自然に胆力が養われていくと思いますが、

そのような経験を積まなくても、

型の修練を積むことによって胆力を養うことは可能です。

この場合の“型”とは【原因の型】です。

じつを言うと、

【原因の型】を正しく修練できるなら、【結果の型】は必要無いとも思っています。

むしろ、【結果の型】の注意点として先にも述べたように、実践方法を間違えると、最終的に  “武術の型は使えない”  という誤解を生む原因になってしまいます。

 

 

ちなみに、

私が実践している太極拳は、明らかに【原因の型】であり、

私は日常の様々な場面で太極拳によって培った感覚を利用しています。

つまり、太極拳を使って生きています。

けっして言葉の綾ではありません。

画像1

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です